村長 吉田剛のこと

村長 吉田剛のこと


TSUYOSHI YOSHIDA

「さくさく村」の代表(村長)・吉田剛が初めて食の大切さを意識したのは、進学のために実家を離れ、ひとり暮らしを始めたときでした。「家で食べていた味とちがうな」。毎日の食卓に出てくるご飯やおかずのことを意識する機会は、それまで一度もありませんでした。地元を離れたことが、父の稔さんが作るお米や野菜の美味しさに気づくきっかけになったのです。

村長がひとり暮らしをする以前から、父 稔は有機農業に向き合い、食の重要性を訴えていました。しかし当時は、農家がお米を自分の考えに沿って作れる時代ではなかったのです。有機農業に対する認知度は低く、現在の「医王の舞」の前身となる稔の育てたお米は「ヤミ米」として流通していました。

世の中の意識が変わってきたのは、食糧法の施行と、35年ほど前から続く有機農業ブームが理由です。稔さんは「国際有機公社」で土壌改良剤「ポーマン」の製造と販売を行いながら、周辺の農家さんに協力してもらい「医王の舞生産研究会」を立ち上げるなど、健やかなお米と作物を育てる環境を精力的に拡大していきました。

そんな中で、村長が24歳のとき家業に入ります。時代の先端を走る通信系の企業を辞め、稔と一緒にお米作りを始めたのです。村長は現場を知ろうと有機農業を実践する農家を何軒も見学しました。「有機は最高!」という風潮があったものの、収量が安定しないため、ほとんどの農家が販売先を見つけにくいという悩みを抱えていました。「このままではいけない。土や作物のことをもっと知らないと、有機農業は立ち行かなくなる」。村長は、植物生理学、肥料学、土壌の文献を読みあさり、内容を紐解きながら、土や作物を育てる知識を蓄え、深めていきました。

足がかりになったのは、「国際有機公社」が製造・販売している「ポーマン」です。土の中に入れたときに、どんな変化や作用が起き、作物にどう影響しているのか。納得して使ってもらうためには、より詳しく理解している必要がありました。

今は土壌分析・診断のスペシャリストとして県内外を飛び回っています。これは土壌分析・診断を依頼した農家さんが、村長の診断結果をもとにした土壌環境整備によって、成功体験を重ねたからです。土壌分析後に、田畑を管理していくのはお客様である農家さん自身です。お客様に診断結果を丁寧に説明し、必要なものを必要なだけ与え、土を改良してもらう。村長はそれを一軒ずつ、ひたすら繰り返しました。土壌分析・診断への信頼は、お客様である農家さんと一緒に築き上げてきたものにほかなりません